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想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【2018717】広宣流布は真夏の夢か

こんにちは( *・ω・)ノ

この三連休、皆さんはどの様に過ごされましたか?
我が家は家族でドライブに行ってました。
子供も大きくなったので、家族で連れだって出掛ける事は、かなり減ったのですが、久し振りの家族ドライブは有意義であったと思いますよ。

出費は痛かったですが、「モノより思いで」が人生だと思ってますから。

さて今回のお題ですが「広宣流布」の事。
創価学会では文字曼荼羅をばら蒔き、組織拡大が広宣流布だと教えています。しかし本当にそうなんですかね?

牧口会長は、日蓮の文字曼荼羅に日本人の大多数が御題目を唱える様になり、天母山には六万坊が立ち、天皇陛下も日蓮正宗貫首の元で御受戒を受ける時代を広宣流布と呼んでいました。

戦後の戸田会長も然りで、三大秘法抄にある「勅宣並びに御教書」の体制を取るために、参議院の政治の世界に打って出たわけです。

しかし1960年代に共産党から政教一致を指摘されると、宗門の日達師からの院達という事で、この目標を取り下げ、「舎衞の三億」の理屈から、当時の創価学会世帯数である800万世帯という事により、一世帯あたり四人平均で、人口にすると3200万人が創価学会に関与、これは国民の三人に一人が該当するという事で、「正本堂建立主意書」の中で池田会長は「実質的な広宣流布の達成」といい、正本堂を建立したんですね。

ただし飽くまで形として成り立ち始めているが、天皇陛下の入信も無いことから、大石寺という名称は「本門寺」と改称はされませんでした。

と、ここまで書くと「何や、顕正会と同じやないか!」と気付く御仁も多いと思いますが、そもそも日蓮正宗の広宣流布観がそうだったんで、法華講や創価学会も本来はそこを目指していた訳です。

だからある意味で、元々あった大石寺の広宣流布観を堅持し続けているのは、現在では浅井氏率いる顕正会だけなんですね。

創価学会はあざとく世相の流れを読んで、その広宣流布の解釈を変更、呉越同舟で日蓮正宗もその流れに変えたという事だと思いますよ。

だから顕正会の浅井氏あたりは、今は無き正本堂を「おう惑の戒壇」と呼んだわけです。

創価学会の原点の牧口会長がどの様な広宣流布観を持っていたかは、公文書である「特高月報」にある訊問調書を読めば解りますから、創価学会の活動家幹部辺りは近所の公立図書館あたりで探して読んでみて下さい。

「時流とはなんだ!その時流を作るのだ!」

第一次宗門問題の時、宗門への謝罪を要求され、当時の側近幹部から「先生!謝ってください!」といわれ、その理由を「時流ですから致し方ありません!」と言われた事に、池田会長はそんな事を言ったとか言われてますが、その時流を時代時代で巧く乗ってきたのが創価学会なんですよね。

そろそろ御大を仏様か歴史的偉人の様に考えている人も、冷静になって歴史を学んで欲しいものです。

ちょっと調べたら、そんな事は容易に解りますからね。

さて、そもそも日蓮は「広宣流布は大地を的とするなるべし」と言われていたとか言いますが、それは文字曼荼羅のばら蒔きでもありませんし、組織的な拡大ではありません。

日蓮が考えていたのは御題目の流布であり、それにり法華経中心の仏教の再興、そして立正安国だったんですね。

日蓮が天台大師を「理の法門」と言い、自分の法門を「事の法門」と呼んだのは、日蓮自身が社会に開くなかで、様々な迫害を受け、それが法華経勧持品等に説かれる迫害に繋がった事から、自身が上行菩薩だと確信した上での言葉でした。

おそらくそれは龍ノ口の法難から、確信することが出来たのでしょう。

しかし一方で日蓮は自身の顕す文字曼荼羅の流布は考えていなかったという事は、日興師門流の「富士一跡門徒存知事」にある、御本尊の事の箇所を読めば解るはずです。

また組織の拡大という事を重要視してなかったのは、日蓮在世時代の「大師講」を省みれば解るでしょう。
そもそも宗教組織は弟子達が作り上げるものであって、開祖等はそんな事を考えることはありません。

釈迦教団に於いても、組織作りに真剣だったのは、ある意味で提婆達多でした。そして彼の人はその組織の上での自分の立ち位置の確保を考えていたのかもしれません。

つまりそもそも創価学会が目指していた広宣流布は間違えていたのです。

それでは国がグチャグチャになるのは当たり前で、それは日蓮の言葉通りの事ですよね。

「日蓮を敬うと言えども悪しく敬えば国滅ぶ」と言ってるではありませんか。まあこの言葉は時の平左衞門に語った言葉ですけど、宗教の危険さを日蓮は知っていたのかもしれませんね。

創価学会の興した行動、それは戦後の日本の戦後復興の中の「真夏の中の夢」であったのではありませんか?

そうであれば、もうそろそろ日本も秋波が来ているので、目を覚ましても良さそうなものです。

歴史を学んで、そろそろ考え始めませんか?

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