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想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180119】学会活動はやってませんよ

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

今日を乗り越えたら週末です。
何をしようかとも考えますが、何をやるにもお金が掛かります。だから個人的には家のなかで読書に勤しむがベストですね。

まあ何も家族からオーダーが無ければですけどね。

Twitterで以下のお問い合わせを頂き、ブログで少し書いてみたいと思い、今回はこれについて書いてみたいと思います。

「ブログ、他の記事も拝見させていただき、色々と参考にしておりますが、色々な呪縛から解き放たれ、現在も日蓮を根本とされておられるなら今はどの様に実践されておられるのか、影響を受けられた日蓮教義とは別に何かを実践されておられるのかとても興味があります。」

そうですね。
僕は活動家の時代、これは青年部の時ですが、それは日々多忙なものでした。

この世界、人の間には様々な事がありますが、どんな人にも平等な事に何があるか分かりますか?

その一つは「一日は二十四時間」という事ですね。如何に大金持ちであろうが、権力を持とうが、はたまた貧乏であろうが一日は二十四時間という事になんら格差はありません。

要はそういった貴重な時間を何のために使うのが、ここはとても大事なことだと思います。

二十歳の時から四十才になるまでの二十年間、僕はこの時間の多くを創価学会の活動とその信心に使ってきました。平日の夜は会館に行くか、部員宅を訪問するか、はたまた各種の会合に参加しているかでした。

でも仕事は当然、手を抜かずにやってましたよ。

例えば創価班や何かの会合等があれば、夕方一旦、仕事で段取りをつけてから会社を出て、学会活動が終われば家に帰らず会社に戻り、仕事を片付けてから帰宅する。

ある時なんて、背広着たまま布団の上であぐらをかいて寝てしまい、気がついたら朝だったと言うことありました。

土日や祝祭日などの日も朝から会合に行き、そのまま家に帰らず、活動漬け。友好週間の時期になると職場の人間つれて呑みに行くか、たまに家で過ごしてもいました。

仕事と創価学会。それが僕の二十代から三十代の人生と言っても過言ではありません。

嫁と結婚したときには、圏男子部長をしてましたが、直ぐに分県主任部長となりましたので、比較的仕事の時間が増えたり、家にいる時間もありましたので、これは不幸中の幸いだったと思いますよ。

もし活動がピークの年代であれば、間違いなく離婚されていたと思います。

しかし壮年部になり、活動から一切手を引いた今は何をしているのか。それは仕事ですね。やはり一家の主としては仕事をして稼いでなんぼかと思いますし、活動を止めた分、時間が出来たので仕事に没頭する事が出来ました。

お陰で今の仕事もあるわけで、職場の友人も増えました。
たまに呑みにいったり、休みの日には職場の友人と釣りや温泉に行くこともあります。

また家族との時間も取れますし、当然、個人研鑽の時間を取ることも出来ますので、公立図書館に行って文献を探したり、たまにネットで知り合った人と面談したりもしています。

「そんな事はどうでも良くて、信心活動はどうなんよ?」

そういう事も言われそうですが、勤行はやってますよ、ちょくちょく抜けてやらない時もありますが。

仏法対話なんてのは肩肘はってやってませんね。友人や知人とあった時、たまに語り合ったりもしますが、これはこれでまあまあ好評で、僕の話を飽きずに良く聞いてくれたりします。

そんな感じでしょうか。

最近になってよく思うのですが「宗教的実践」なんて必要なんですかね?

ここから語ることは、あくまでも僕の価値観の上の話なので、それを理解して読んでほしいのですが、人生の目的とは日々生きることにあるのではないでしょうか?

生きるなかで楽しいこともあれば、苦しいこともあります。それこそ喜怒哀楽様々な事があるものです。

そんな人生の途上で、折々に「こうして行こう!」「あれは失敗だった」「これは良かった」と言うこと、これは当然の事、考えていますよ。

でもそうして日々生きていくなかで様々な事を経験するという人生そのものが目的ではないかと僕は思ってます。

勤行した日には感じることが多かったり、また何も感じない日もあります。また御書の一文に感じることもあれば、その一文でより深く理解することもあったりして。そしてそんな日々の中で感謝の題目を唱えることも当然あります。

でも改めて「これこそ信心修行なんだ!」なんて、昔の様に気張ってやることはなくなりましたね。

そもそもですが、信仰とは自身が生きる為の糧として取り組むものであり、目的は人生です。それを大事な時間を使って、信仰と思い込み組織のために生きるなんて勿体ない限りではないでしょうか?

僕の毎日はそんな感じですね。
学会活動なんて、もう遠い昔の話です。

以上、これが僕の実践だと理解して頂けたら幸いです。

なーんも大した事なんて、してませんから。

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