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想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180713】法華経と日蓮⑭

こんにちは( *・ω・)ノ

個人的には現在、ひたすら九識論を中心として思索を進めています。

日蓮門下系は「正しい」とか「正統」、そして「正義」や「正法」という言葉が大好きなので、日蓮の手紙を御書と呼び、お歴々の人師や論師の文言を捏ねくり回して、如何に相手を論理的に組伏せるのか、そこばかりに窮々とするあまり、広く物事を考えられなくなってしまってますよね。



でもよく考えてほしいのですが、文字というのは総てを伝達する媒体かと言えば、実はそうではありません。

同じ文言でも、それを読む人の状況、書き手の思いを正確に理解しなければ、結果としては「催尊入婢(尊いと言いながら卑しく落とし込む)」を招きかねないのです。

だからそこは良く良く気を配り考えて読み取らなければなりません。

現に同じ日蓮の文言を依処にしながら、今現在で幾つの流派が日蓮門下に出来ていますか?
これは何も日蓮の門下だけの話ではありません。そもそも大乗仏教を見てみても、どれだけ分派しているのか。

「文証だ理証だ現証だ」なんて騒いでみた所で、それが一体何の役に立つと言うのか。

単に三証を「正義の言葉遊び」として理解してはいけないのです。三証とは、如何に正確に物事を汲み取るのか、思索を進める上の指針であって、鍔迫り合いのルールでは無いのです。

よくよく思索をしてみて欲しいものですね。

さて前置きは少し長くなりましたが、今日の本題です。

日蓮は法華経の肝心として、御題目を広める事に取り組みました。この御題目、実は天台宗に於いても勤行で用いられて居たものなんですね。

「南無釈迦牟尼仏」「南無多放如来」「南無妙法蓮華経」という様にです。日蓮はこの御題目を法華経の肝心と解釈し、それを広める事に全生命を堵したと言っても良いでしょう。

「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」
(諸法実相抄)


この言葉は有名ですが、ここで「文字曼荼羅を広むべし」なんて事は書かれていません。

大石寺や創価学会では「化義の広宣流布」と「法体の広宣流布」と言ってますが、この語源は日寛師が六巻抄の中で提唱した「法体の折伏」と「化義の折伏」という言葉から出てきています。

この「化義の折伏」の解釈から、御本尊流布という言葉が作られて、時の畑毛の猊下(堀日享師)も「不敬」を懸念しながら、それを容認しました。しかしその結果が今の創価学会の有り様を産み出したのだから、皮肉なものですね。

しかしそもそもですが「法体の折伏」とか「化義の折伏」という言葉を、何故、日寛師は言い出したのか、考えたことありますか?

こういう事は「御法主猊下様」なんて言っている間には思考出来ないので致し方無いのですが、この根源は「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」の以下の言葉となってます。

「当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。」

この箇所、単純に読むと大きな矛盾を孕んでいますが、解りますか?

日蓮の生涯とは「折伏」の人生と言われ、「法華折伏・破権門理」なんて言葉もあります。
そして法華経は専ら折伏だと言われていて、この末法に「摂受」を行ずるのは「もっけ=モノノケ」とまで言われていました。

しかしその日蓮が、自身の法門の最重要である「観心本尊抄」において、地涌菩薩の上首の四菩薩が折伏の時には賢王となり、摂受の時には僧侶となると言うのです。
しかも日蓮そのものは僧侶であり、この言葉によれば日蓮が行じた事は摂受になってしまう。

かたや折伏と言い、かたや摂受。
日蓮は一人でしかも僧侶、上行菩薩の再誕にも関わらず、大いなる矛盾をここで示したのです。

これは困った。

そこで恐らく日寛師は、苦肉の策として日蓮が行った事を「法体の折伏なんだ!大聖人様が摂受をする訳がない!」として、その事をここでは単に日蓮が摂受と呼んだに過ぎない。こう解釈をしたのでしょう。

僕が思うに「折伏を現ずる時」「摂受を行ずる時」と言葉をあえて分けているのだから、そこをもう少し思索して深めれば良かったのにと思ったんですけどね。

そして「化義の折伏」とは、信仰の形式を弘める事であり、だから御本尊を流布して行くんだという事に論理展開している訳ですね。

結果、日蓮門下の中では「御本尊流布」という事が広宣流布だと信じられてしまい、今の創価学会や日蓮正宗関係の広宣流布観となったわけです。そしてその御本尊とは「日蓮の魂」とか、「宇宙の根元の法則」とか、いわば抽象的な言葉でしか語られなくなってしまっています。

そんなんだから、創価学会の中で婦人部幹部では「御本尊ちゃま!お願い!」なんて、まるで文字曼荼羅を擬人化して祈る対象としたり、「三大秘法の大御本尊がいっさいの根本であると拝していくことだ。」という論理が出てきたりします。

御本尊と呼びますが、それは戒・定・慧の仏教の基本の三学の中の「定学」の意義である本尊義であり、そこに擬人的なものは本来ないはずです。定学(じょうがく)とは「禅定を修めることで、心の散乱を防ぎ安静にするための方法を修すること。」であり、それは戒壇であって、そこに定学のため、心の禅定を修める為の対象としての本尊があるわけですよね。

なにかそもそもの本尊の意義とは違いますよね。

日蓮は何故、自身の顕そうとする文字曼荼羅の意義を語った御書に「如来滅後五後百歳(末法始めの五百年)に始める”観心”の本尊」と題号をつけたのか。またこの御書の題号の意味のどこを読めば「御本尊ちゃま」とか「日蓮大聖人の一切の根本であると拝していく」という事になるのか、僕には判りませんけどね。

何かすべてが微妙にずれている気がするのは僕だけなんでしょうか。
という事で、この思索をもう少し進めて行きます。


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