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想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180531】法華経と日蓮①

こんにちは( *・ω・)ノ

今日を以て五月が終わります。

あー、はエエよ、明日から六月だ~。なんて考えてもいますが、この時間の過ぎ行く速さは本当に嫌にもなりますね。

さて、日蓮の文字曼荼羅。
創価学会や宗門では「御本尊様」と呼び、この信心をする人達の多くは、この曼荼羅を抱き締め人生を生きています。

斯く云う僕自身も文字曼荼羅に向かい、勤行唱題を不真面目ながらやってますので、恐らくはその流類に入るのでしょう。

しかしこの文字曼荼羅はとても悩ましいですね、他の人はどうか解りませんが、僕はその様に考えていました。

第二次宗門問題の時に、創価学会と宗門は別れ、その際に宗門側は創価学会を切り崩す道具としてこの文字曼荼羅を用いましたよね。いわく「御本尊下付の停止」「大石寺参詣の禁止」です。

これを云うと宗門の人達は「そんな事はしていない!あくまでも創価学会という組織に対して行っただけで、会員一人一人には資格はあった!」とか云うのでしょう。

しかしこの当時、僕は本山担当をやっていて、宗門の僧侶や講員達が、いかに創価学会の会員を蔑んでいたのかを大石寺塔中で目にしましたし、創価班の広宣部では、活動家の家を個別訪問し、「御本尊」をだしにして脱会者作りに奔走する法華講幹部とは、幾度となくぶつかってもいました。

でもまあ、そんな事はどうでもエエんですよ。
(*`Д´)ノ!!!

創価学会とて、僕の地元ではあまりありませんでしたが、他の地域では逆に法華講に対して、かなりエグい事をやってましたから。

所詮は目くそ鼻くその世界です。

その後、創価学会は独自に(と言って良いかどうかはありますが)文字曼荼羅を授与し始めました。とある本幹同時中継の席上、御大が「御本尊様の事はしっかり手を打っているから、心配しなくて良いよ」と発言、それは後に栃木県浄圓寺所蔵の日寛師の本尊を受けて、それを原版として御形木本尊にして授与を始めた事に繋がります。

実はこの御本尊授与がストップした一時期、創価学会の青年部の中は結構良い雰囲気だったんですよ。

「会友運動」といって、授与する本尊が無くなった事で、組織の敷居が低くなり、友人などが気軽に活動者会に来たり、会員も「授与する本尊が無い」という事から、無理に新入会を勧めない、そんな感じでしたからね。

支部総会の企画モノなんて、会員でも無い友人達が、一緒になって取り組んでいましたから、なんだかワイがやと青年部はやってました。

もしかしたら、この時期は創価学会が変わる最後のチャンスだったのかもしれませんね。

要は創価学会の考える「広宣流布」というのは、別名「化義の広宣流布」と呼んでいて、文字曼荼羅を持つ人を広げる事だったので、その広げる文字曼荼羅が無かった当時、この広宣流布というのが止まった状態だったんですね。

だから本来の広宣流布というのを、もう少し皆が真剣に考えたなら、変わっていたのかもしれません。

でも今から考えると面白いですよね、文字曼荼羅が無くなると、組織の末端で若い奴らが元気になったんですから。

しかしそんな時期も終わりました。

創価学会として、日寛師の文字曼荼羅をもって、再度「折伏」という「広宣流布」の活動が再開、会友運動で繋がり出来た友人に、片っ端から折伏始めたので、結果として友人が消えていきました。

まあ中には新会員になった人もいますけど、それは微々たる人数でしたよ、本当に。

当時の僕は地区リーダーから部長という役職をやってましたが、この折伏が始まり、時間がたつ毎に、この数字を元にした「折伏戦」がヒートアップしていきました、

部長会では、支部で御本尊授与が出来てなければ、立たされつるし上げられ、毎晩深夜まで、本部長や圏男子部長といった幹部から部長は追求され、その部長の焦りの余波は、組織に浸透していきますので、会友活動で組織に顔を出し始めた会員の中でも、消えていく人が増えていくんですよね。

当時の僕もよく顔が引き吊っていると地区リーダーから言われ「イカンいかん」と、持ち直した事が何度かありました。

こう書くと、日蓮の文字曼荼羅とは一体何だったのか、思わず考えてしまいます。

結局、考えてみたら創価学会としても、日蓮の文字曼荼羅を組織拡大の道具にしていただけで、その本来の意義、いわゆる「本義」というのを蔑ろにしていたという事なんでしょう。

それが何より証拠には、この日蓮の文字曼荼羅の事、そしてその意義や、本来の向かい方を知っている人は皆無なんですね。

僕自身も、何故いま観心本尊抄に取り組んでいるかと言えば、この文字曼荼羅の事を、少しでも知りたいという事からです。

変な話でしょ?

創価学会で分県幹部までやって、青年教学一級なんて言っていて、青年部の分県教学部長を経験していた僕自身、実はなーんにも日蓮の文字曼荼羅の事を知らないんですから。

という事で、すこしシリーズ的に、この文字曼荼羅について、解った事や考えた事を、少しづつ書いていきますので、宜しくお願いします。

今日はここまで。

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