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想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180529】本尊について

こんにちは( *・ω・)ノ

この時季は何かとストレスがたまる時期ですね。
そのせいもあり、家に帰ると「メシ・フロ・ネル」ではないですが、やる気が起きず結構げんなりとしています。

そんな中、少しでも学ぼうと思いながら、観心本尊抄を読み進めてます。

以前、そうですね。十年少し前でしょうか。いまは消えてしまった正木氏がぶち上げた「師弟不二」ですが、彼の人は当時、「教学論争が組織を分裂させる」と宣い、それ以降も「御書は難しいから、読まなくて良い」とか「大白蓮華の講義を読めば十分」という指導をしてましたね。

お陰で創価学会は教学力を弱くしました。

ここでいう「教学力」とは、何も日蓮の遺文に対する見識のみを言うわけでなく、思考力ともいうべきもので、物事を深く考え思索する事ができる人が、いなくなったという事です。

でもまあ、そのお陰で公明党や自民党は大きな票田を確保出来ているわけですから、日本の権力者にとっては、都合が良いことなんでしょうね。

最近、創価学会に対し、更なる絶望を深く感じてます。

という事で今日の本題です。
まだ完読している訳ではないので、途中経過として少し本尊について書いてみます。

観心本尊抄とは、その名の通り日蓮の考えている本尊観について書かれていると思ってます。

元々日蓮は、立教開宗当時には、法華経やお題目を中心にして釈迦仏や普賢文殊菩薩、場合によっては諸仏の像を置いても良いと述べてました。

これは以前にも紹介しましたが、唱法華題目に書かれてます。

そして龍ノ口の法難を辛くも生き延びて、厚木の衣知に逗留中に、請われて曼荼羅を始めて書写しました。

この最初の曼荼羅は「楊枝本尊」と呼ばれ、木の枝の先を潰して筆のようにしたもので認めた本尊で、お題目を中心に愛染・不動明王が梵字で認められている、至ってシンプルな曼荼羅です。

この曼荼羅の相貌は、観心本尊抄に述べられているモノとは異なります。何故なら釈迦も多宝も書かれてませんし、四菩薩もありません。

そして佐渡で観心本尊抄を認め、その後に現物は存在してませんが、佐渡始顕本尊というのがあったと言います。

ただこの本尊は、過去の身延山の火災で焼失したという事でした。

国柱会の田中智学はこの佐渡始顕の本尊こそが正式なものと言ってましたね。

それ以降の曼荼羅は、恐らく日蓮も試行錯誤をしていたのか、諸尊にも様々なものが認められ、讃文の内容も様々なものがありました。

この辺りは近日中にまとめてみたいと思ってます。

佐渡赦免後、弟子の四条金吾から釈迦仏を造立した際に、開眼供養を求められ、そこでは草木成仏の意義を語りながら、開眼の話をしてましたので、恐らく文字曼荼羅を本尊として顕した後も、釈迦仏を本尊として置くことに、特に否定はしていなかった事も理解できます。

大石寺では文字曼荼羅を本尊として、その他の釈迦仏等の造立を固く戒め、日精師など歴代貫首では、釈迦仏を造立したことを責められ退陣に至った人も居ます。

しかし日蓮一代の化導や門下の同行を見るに、釈迦仏を造立したことが誹謗正法に当たるとは思えません。

確かに日興師は日蓮の曼荼羅を本尊として定めました。しかし日蓮が門下に許容していた釈迦仏の安置を否定した文献は、果たして存在するのでしょうか。

ここからは僕の現段階での私見となりますが、本尊というのは果たして文字曼荼羅だけに限定されるものなのでしょうか。

日蓮の本尊とは「観心の本尊」なので、やはり主体とは観心です。そして観心とは観心本尊抄にあるように。

「観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、」

観心とは、自分自身の心を観て、平易に言えば自分自身の心の姿を理解するという事であり、文字曼荼羅の目的も、本来はそこにあるのではないでしょうか。

主体はあくまでも観心であるというのであれば、本尊とは言わば「助縁」であり、そこから考えるならば、何も躍起に形に拘る物でもないと考えるのです。

「自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時始めて自具の六根を見るが如し」

日蓮はここで明鏡の例えをしてますが、この明鏡とは「一念三千」であり、それは「物事をありのまま映す=見える」という事です。

一念三千の教理とは、自身の心、それを人々に「見える=認識させる」という教えで、天台大師は一念三千のもとで、その観心の方法として瞑想・座禅で行っていました。

だから昔は天台宗を禅宗と呼び、今ある禅宗とは達磨宗と呼んでいたと言います。

日蓮の文字曼荼羅は、法華経の虚空会の姿をベースとしていますが、この曼荼羅に向かうことで、法華経にある一念三千の世界観を見せるという事立ったのではありませんかね。
だから恐らくその相貌に意味があるのではないかと思いますし、その為に日蓮は文字曼荼羅の相貌を試行錯誤していたのではありませんかね。

そしてその本尊については法華経とも言えますし、唱法華題目抄では「堪えたらんは」という言葉もある事から、この文字曼荼羅に釈迦仏や多宝仏、十方の諸仏や普賢菩薩、文殊菩薩の仏像の安置を許していたのではないでしょうか。そこはある程度、緩かったのではないかと推察します。

一番大事なのは、本尊に向かう本人が、その本尊が尊貴なものと心から納得出来ることだと思います。
当然、日蓮の教えの本尊である事から、それは法華経の一念三千の意義を踏まえている必要はあります。

開目抄には「本尊に迷えり」という様な言葉もありますが、これは何も宗門で貫首が許可したからだとか、ワケわからない開眼の儀式を踏んだものだから、とかいう事ではありません。

これは信じるに際して、どの様な姿を根本的に尊敬するのか、そこが多他宗派では仏教の本義を知らずに迷っている事に対する指摘であり、変に「宗門だから」とか「創価学会だから」と言い、文字曼荼羅に迷うとか、そんな解釈してはいけないと思います。

とまあ、現段階で観心本尊抄を読んでいて、こんな事を考えています。

続きはまたの機会にでも。

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