忍者ブログ

想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180118】創価学会の教義のブレ幅①

こんにちは(´・ω・`)

仕事の方は、現在一生懸命しています。
家族を養うというのは大変なもので、その生きる糧を社会の中からむしり取ってくる事が、家の大黒柱の役目だど自分に課していますが、景気が良いと言いながら実際に庶民の中には、中々お金が回ってこない昨今の時代、やはりどこの家の「お父ちゃん」も必至なのではないでしょうか?

そんな中でも「物好き」というか、様々な資料を最近でも目を通して思索しています。

いま目を通しているのは「日蓮聖人「大曼茶羅」の背景」という、日蓮宗教学研究発表大会で発表された資料です。
中々小難しい内容で、結構読み解くのには骨が折れますが、こういった資料も読みながら思索をしていかないと、なかなか自分の中が広がらない感じがしています。

それはさておき、今日のお題です。
Twitterでは相変わらず池田思想を中心に、創価学会の行動や組織の在り方が論じられていますが、本来はこれだけオカシクなったのですから、その思想面についてもしっかりと考える必要があるのではないかというのが、僕の考えなんですね。

特に第二次宗門問題以降、「創価ルネサンス」なんて言い出してから、この教学に関して創価学会の中でも大きくぶれ始めたと感じるのは僕だけでしょうか。
確かに牧口会長時代から、創価学会として信奉してきたのは大石寺の教学であり、その教学について「世界宗教化」する事が難しいと、放り出したのは良いのですが、その代わりになる思想が実は創価学会の中でも明確な青写真もなく進んできたという感じが否めません。

特に一昨年前(2014年末)の会則改正に伴い行われた教義改正とは、かなり杜撰なもので、いまだに末端組織ではその内容すら認知されてもいないのは、どういう事なのでしょうか?

ここでまず紹介したいのは、創価大学の宮田教授が第74回学術大会で発表した内容です。



これはYoutubeに公開されている音声データですので、時間がある時に聞いて欲しいのですが、内容としては従来の創価学会の教学からは、かなり「逸脱」したものとなっています。これについて創価学会の元教学部長の遠藤氏などは反論を文書でしていますが、僕からしたら、教学的には仏教本来の考え方に向いた、少しましな方向に進んでいるものとも思えます。

この宮田教授は聞くところに依ると、本部教学アドバイザーだと言います。
この学術大会は創価大学で行われたと言いますが、ここで宮田教授が発表した内容とは、ある程度、信濃町界隈が了承している事なのですが、どんな話がされたのか、ここで少し紹介します。

◆本門の本尊について
ここで宮田教授は以下の様に述べてます。文章は音声から聞き起こしたものなので、そこはご容赦下さい。

「えー本門の本尊についてはね、まあ、資料4の方に書いてありますけれども、ね。えー、日蓮大聖人ご自身が御図顕された十界の文字曼荼羅とそれを書写した本尊は、ね、すべて根本の法である南無妙法蓮華経を具現したものであり、等しく本門の本尊であります。という風になってます。」

これはTwitterを始め、拙ブログでも幾度か取り上げましたが、従来、これは牧口会長当時からですが、創価学会に於いても本門の本尊と言えば日寛師の教学に基づいて、大石寺安置の大本尊を指しました。しかし先の教義改正において、これを日蓮書写の本尊は等しく本門の本尊と変更しました。

これは大きな解釈変更なのですが、末端組織の活動家達には理解できないようです。
ではどの様に大きな変更となったのか、続きを紹介していきます。

「えー今まではですね、まーねえ、例えば、ね、いろんな、まあ日蓮宗各派の寺院にある、ですね、大聖人が書かれた、まあ、えー、まあ曼荼羅本尊、ですね、あれは全部功徳無いのよ、と話してました。えー、今回はですね、等しく、本門の本尊である。という事も認めました。ね、えーこれはどういう事かというと、まあー、ねえ。大聖人が書かれた、ねえ、本門の本尊だから、それに、まあ題目あげれば、それなりの功徳は、みんなあるでしょう。という、こういう立場です、ね。」

学会の文字曼荼羅は、大石寺貫首の認めた本尊ですが、例えば日蓮宗各派においても、日蓮直筆の文字曼荼羅は多数ありました。

しかしその事について、過去に戸田会長等は以下の様に語ってました。

「富士大石寺に背くやからがもつご真筆の御本尊には、大聖人の御魂は住まわれるわけがない」
(戸田指導・折伏教典340頁)


第二次宗門問題以降、創価学会として大石寺貫首書写の本尊を独自に授与しましたが、創価学会としては大石寺は謗法の寺と
なり、ここでいう「大聖人の御魂」は創価学会が継承している。だから創価学会こそ日蓮正宗であり、創価学会が大石寺の御本尊を授与する事は、戸田会長の話となんら矛盾はない。

そう言っていました。
しかし先の教義改正で、いままで大石寺の論理で否定してきた他宗派にある日蓮直筆の文字曼荼羅も本門の本尊、つまり大石寺大本尊と同列だと認めたわけです。

またそればかりではなく、創価学会としてそれら他宗派にある日蓮直筆の本尊であれば功徳もあると述べました。

もちろんこの事は、原田会長が直接語ったわけではありませんが、学術大会においての創価大学教授の発言であり、けして「個人的な発言」という事ではありません。

創価学会として、本尊に関しては今後、このスタンスでいくと言う事なのです。

これはとても大きな大転換だと思いますが、僕はこの事を幾人かの活動家幹部にぶつけたところ、みな一様に沈黙し、理解できてない様子でした。

仏教の本来いう処の「功徳」、また文字曼荼羅の意義からすれば、この宮田教授の発言は至極真っ当だと思いますし、むしろ過去の戸田会長の発言の方か実はおかしいと思いますが、そういう教義の方向転換は容易ではありません。

なぜ容易で無いかは、遠藤元教学部長の反論に書かれてますので、そこは別に紹介したいと思います。

またもう一つ。
日蓮直筆の文字曼荼羅といっても、一番最初に認めた「楊枝曼荼羅」から弘安期に認めた文字曼荼羅まで、あまたありますが、中には従来の文字曼荼羅とは相貌が異なるものもあります。そういったものも「本門の本尊」にあたると言うのでしょうか。

この文字曼荼羅については、日蓮各宗派や研究家に於いても非常に難問な事が多くあり、答えも出ていない事が多くありますが、創価学会としてその事については未だに何ら語られてもいません。

これも創価学会の教義のぶれ幅となっていくと思いますよ。

この話題、まだ続けていきます。

拍手[15回]

PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

プロフィール

HN:
運ちゃん
性別:
非公開

カレンダー

10 2018/11 12
S M T W T F S
3
4 5 6 9 10
12 13 15 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

忍者カウンター

P R

ブログ内検索