忍者ブログ

想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180130】核兵器について

こんにちは(  ̄ー ̄)ノ

そう言えば最近政治の話をしてないなと思い、今回はこの件について少し触れてみたいと思います。

お題は「核兵器」について。

先日ノーベル平和賞を受賞したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が学会本部を訪れ、原田会長と会見したと聖教新聞に掲載されていました。

またSGI提言においても「希望の暁鐘 青年の大連帯」の中では、
「唯一の戦争被爆国である日本が、国連で始まる交渉会議への参加を各国に働きかけ、核兵器禁止条約を締結する道を開くよう訴えている。」
と書かれました。

しかしその一方で創価学会の政治部門である公明党はと言えば、
「核保有国は核実験禁止や核軍縮など現実的な取り組みを進め、禁止は最終段階で必要との考えだ。禁止先行となった核禁条約は保有国と非保有国との溝を深めた。」
と述べて、核兵器禁止条約への参加を見送ってます。

御大は参加をと呼び掛けているのに対して、公明党は見送りとする。そして支持者達はどちらも賛成という、今の創価学会は主義主張というのがバラバラで、これはまさに法華経にある「頭破作七分(精神思考が破壊された)」と言っても良いでしょう。

戸田会長は原水爆禁止宣言で「いかなる国家であれ、核兵器を使用したものはサタンであり魔物である」と述べ、その思想を広める事が創価学会の使命だと厳命していましたが、今の創価学会はと言えば、この核兵器に関してマトモに語ることが出来なくなってしまっています。

核兵器というのは、限りなく政治的な兵器です。

要は利用することで相手国もそうですが、人類そのものの生存権を脅かし、自国を含めて人類が絶滅する危険性のある兵器で、だからこそ、その恐怖の上で「核抑止力」という言葉が出来上がったのでしょう。

確かに第二次世界大戦以降、大国同士が直接ぶつかる事はなくなりましたし、先の大戦の様に世界の主要国を巻き込んでの戦争も起きていません。

しかしこれは昔の話で、過去において核兵器は限られた大国のみが保有していましたが、今ではイランやインド、パキスタンにイスラエルが保有していて、最近では北朝鮮も保有を公表しました。

つまり核拡散は確実に拡大している訳であり、抑止力を生む兵器ではなく、利用される可能性の高い大量殺傷兵器へと変貌を始めています。

またアメリカが湾岸戦争やアフガニスタンで利用している「劣化ウラン弾」ですが、これは戦車の装甲を貫き確実に破壊する兵器として利用されていますが、これもある意味で核兵器の一種です。

アメリカ軍は公式に認めていませんが、使用された地域では白血病や先天的に異常な子供たちが産まれていたりします。

そういう事から核兵器の一部は既に戦闘で利用されていると言ってもよく、既に現段階において核兵器による大量殺戮は現実味をより帯び始めた世界になっていると言っても過言では無いのです。

「人類の歴史」とは戦争の歴史です。
学生時代に歴史を学んだ事がありますが、人類史とは戦争の歴史と言っても良い位に戦争に溢れています。

二十世紀は戦争の歴史でしたが、それでも第二次世界大戦以降、大国が直接ぶつからずに代理戦争で済んでいたのは、核抑止力というものに一定の効果があったからですが、二十一世紀にも同じ効用が果たしてあるのか、それは大きな疑問です。

イスラエルはアメリカに近いことから、核兵器保有というのは理解できますが、イランやパキスタン、インドに今回の北朝鮮。
いったいどこから核兵器の技術を取り入れたのでしょうか。

一説にはソビエト連邦の崩壊から、旧ソ連の核技術者が拡散し、広まってしまったという説もあります。

人類史とは常に戦争の歴史であり、弱い国や後進国では少しでも自国が優位な立場に立ちたいのであれば、核兵器の保有を目指すことは、ある意味で必然な事だと思います。

そういう意味でも、やはり核兵器というのは政治的な兵器でもあるのです。

そこから考えるならば、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)がノーベル平和賞を受賞したという意味も、改めて納得します。なぜならばノーベル平和賞自体が、過去にも政治的な思惑が常にからむ国際的な賞でしたからね。

まとまりのない文章で申し訳ありません。

ただ今の人類社会では、核兵器の廃絶は悲観的な段階に来ています。これは間違いありません。

また既に核兵器を保有している国が、核兵器を手放すという事は絶対にしないでしょう。削減という事は可能かもしれませんが、単なる削減というだけでは、核兵器の性質上、それはあまり意味を為しません。

何故ならば、利用してしまったなら、数の多少に関わらず、人類社会は甚大な被害を蒙ることは間違いないからです。

またICANの事務局長のフィンさんは、唯一の戦争被爆国である日本の政治家一人一人が核兵器禁止条約と真剣に向き合い、意見を表明してほしいと呼びかけたと言います。

「核兵器がもたらす人道的影響、経済的ダメージ、そして代償を直接知っているのは日本だけです。核兵器禁止条約に参加することをなぜためらうのか、何を恐れているのか、どうか教えてください」 

しかし今の日本はアメリカ軍の傘の下にいる以上、この言葉を受けとることは出来ないでしょう。

アメリカの軍の傘の下に居るということは、アメリカの核抑止力の傘の下にいると云う事と同義なのですから。

何度でも言いますが、核兵器というのは極めて政治的な兵器です。その核兵器の廃絶に踏み出すのであれば、政治という事を理解して取り組まなければなりません。

僕がSGI提言を読まないのは、そういう観点が丸でない事、また創価学会として政治に深く関与しているにも関わらず、そう言った核兵器の根元的な視点について、なんら語ってもいないからです。

核兵器の廃絶を、単なるイベント的な事だけで語って足りるという物ではないと、まずは理解する人が増えてほしいと願ってやみません、

拍手[14回]

PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

プロフィール

HN:
運ちゃん
性別:
非公開

カレンダー

07 2018/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4
6 11
12 13 14 16 17 18
21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

忍者カウンター

P R

ブログ内検索