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想学談林―管理者のブログ

50代に突入した創価学会の元活動家のブログです。 日蓮や仏教の事について、日々考えていますが、その事についてはこのブログとは別に、「想学談林」というホームページにまとめています。 ここでは日々に考えた事についてつらつらと書き連ねています。

【20180530】推移する心

こんにちは( *・ω・)ノ

今日は「530(ゴミゼロ)」とかけた日だとか言いますね。朝の番組で林修氏が言ってました。
話は変わりますが、家に帰るとうちの嫁が何かと話しかけて来ます。一日あったこと、組織のなかであったこと、それについて感じたこと。等など。

それに対して、たま上の空の自分が居たりして、やはり男は話を聞かない生き物なんだなと痛感すること、最近特にありますね。

以前に「話を聞かない男、地図の読めない女」という本を読んだ時、男脳と女脳の違いについて書いてありました。

要約すると男は外に狩に出掛け、女は集落で子育てとコロニーの維持をする。

こんな太古の人間の生活様式から、男脳と女脳の差異が生まれたと言うのです。

「太古の昔、男は狩猟から帰ると焚き火を見ながら、その日をあったことを一人思い返してボーッとする」

こんな言葉がありましたが、僕の場合なパソコンでYouTubeを見ながらボーッとする。そんな感じですかね。

お陰でよく嫁には怒られます、「人の話、聞いてないでしょ!」ってね。

さて長い前置きになりましたが本題です。
僕は創価学会で活動を始めてから、仕事で問題が発生する度に、また組織で問題が発生する度に、また活動で数字が上がらず幹部からつるし上げられたりする度に「何とかしたい!」と、解決を必死に祈り、それを乗り越えようとしました。

「朝勝ちが大事だ!」と言われたら、いくら前日の活動が深夜になっても朝六時前に起床、一時間の唱題に励んでみたり。また百万遍の題目が大事だと言われたら、平日の深夜まで小さい声でしたが、二時間、三時間と唱えたり。

御書には「苦をは苦と悟り楽を楽と開きて」とありますが、当時の状況は「苦をば楽としたく、楽は苦と怖れ」と、要は何かにつけて、乗り越えようとか、勝ち抜こう、とか言っては仏壇の前に座ってました。

当然、祈りで叶った事もあるし、叶わなかった事もあります。まあ人生は様々なものです。

そんな活動を二十年ほどやりましたが、活動を止めて気づいた事があります。
それは祈ろうと祈るまいと、人生は成るように展開するものだということ。

自分で考えていた「こうありたい!」という事も、祈って叶わない場合がありますよね。でも結果として、その祈りが叶わなかった事で、新たな展開があるという事、人生には結構あることを感じました。

「人生すべからく、塞翁が馬」

ここ十年近くの僕の心情がこの言葉です。

以前、創価学会の活動家の友人がリストラとなり、再就職活動に苦悩していると話を聞いた時、彼は毎日三時間の唱題に挑戦していると言いました。でも結果が出ないと悩み苦しんでいました。

「祈りをやめちゃえば。物事を諦めないでいれば、題目なんて唱えなくても人生はなるようになるって。」

その後、その友人は再就職が決まって、彼の奥さんは「必死に祈った祈りが叶った」と喜んでいて、本人もひと安心してましたが、結果として一年ほどで退職、その後色々あり再就職してました。

創価学会だけでは無いのかもしれませんが、人間は苦しくなると「苦しいときの神頼み」という事で、宗教にすがり付きます。

ある意味で創価学会が戦後に大きくなったのも、戦後の日本社会の苦悩があったからでしょう。

「其の上は私に計り申すに及ばず候叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」
(日厳尼御前御返事)


これはよく聞く御書ですね。
「祈りが叶う叶わない」は信心による。だから真面目に学会活動した人が勝つ、という様に言いますよね。

でもこの御書、続きにはこんな事が書かれています。

「水すめば月うつる風ふけば木ゆるぐごとくみなの御心は水のごとし信のよはきはにごるがごとし、信心のいさぎよきはすめるがごとし、木は道理のごとし風のゆるがすは経文をよむがごとしとをぼしめせ、」

ここで日蓮は祈りの叶うとか、叶わないなんて事には触れてないんですよね。むしろそらよりも「信心=法華経を信じる心」の有り様について言及しています。

若いときには、信心は祈りを叶える力だとも教わってきましたが、この年齢になり、それは違うなと、愚鈍な僕はようやく腑に落ちました。

人生には、一人一人に「人生の流れ」が基本的にはあると思いますよ。そしてそれは本人の意思とか時々の感情とは関係なく、その人の人生には様々な展開があるんですね。

そしてその流れとは、何れは終わり大半は大海に混じり会う訳です。場合によっては大地へと吸い込まれる場合もありますが。

「どんな問題でも解決しない事はない。だから人はどんなに苦しくても、生きなければいけない」

そんな言葉を聞いたことがありますが、最近になり、これは至言だと思いました。

だから僕はここ数年、祈りを叶えようとか、勝ち越えようなんて祈った事はありません。
苦しい事があっても、その先には解決の糸口があり、楽しいときには、それは今生のよき思いでだと感じながら生きることに勤めてます。

では「信心」とは何か。
それは今ある自分自身を肯定する心であり、その自分自身の心を学ぶのが最近の僕か取り組んでいる教学でもありますね。

まー、人の心とか変わるものですね。
そんな処で、本日はここまでとします。

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